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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5373号 判決

埼玉銀行

事実

原告コロナ燃焼工業株式会社は請求の原因として次のとおり述べた。すなわち、被告日東工業株式会社は、債権者被告、債務者原告なる手形債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基き、原告の第三債務者に対する合計六十八万九百七十七円の債権の転付を得たが、被告の右転付債権の取得は、右公正証書に表示された原告の被告に対する債務が実体上存在しないことから不当利得となるものである。右公正証書が作成された経過を述べれば、原告は訴外株式会社大電社と相互に資金操作をするため約束手形を交換することとし、昭和三十年三月上旬頃、原告は右大電社の同系会社である訴外丸子工業株式会社に宛てて額面金二十五万円の約束手形二通を振り出し、大電社は原告を受取人とした額面金五十万円なる約束手形一通を振り出したが、右訴外丸子工業株式会社は右約束手形二通を訴外東京精工所に裏書譲渡した。原告は右額面五十万円の原告宛振り出された約束手形を割引したが、後これが不渡となつたので、原告は右手形を買戻してその所持人となり大電社に対して右手形と前記丸子工業株式会社宛の約束手形二通の交換を申し入れた。ところが、東京精工所は前記二通の約束手形を割引しており、東京精工所及び丸子工業株式会社は共に事業不振で右二通の約束手形金を支払うことができなかつたので、大電社、東京精工所及び被告会社の取締役と協議したところ、「前記二通の約束手形金を支払うことができないから、その支払のために重ねて振出人原告、受取人被告として約束手形二通を振り出して貰いたい。被告が右新手形を銀行割引し、右割引金で前記二通の約束手形金を支払う。なお新手形金は被告が支払義務を負うことにする」旨懇請されたので、原告は前記二通の約束手形の不渡を免れるためには新手形の振出もやむを得ないと考え、右申入に応じて昭和三十年六月八日額面金二十五万円及び金三十万円の本件約束手形を振り出したのである。(なお金額が五十五万円と前記二通の手形金額より五万円増額となつたのは、手形割引料、歩積預金等に充当するためである。)。しかるに被告は前記の約に背いて本件手形の支払をなさず原告に対して「本件手形の手形買戻ができないので、被告はその取引銀行から融資を受けるについて支障を来している。そこで被告会社を救援する意味で、一応原告が被告に対して本件手形金債務を負担している旨の公正証書を作成して貰いたい。その公正証書に対しては、被告が原告に対し同額の債務を負担する旨の公正証書を作成するし、又右公正証書は単に取引銀行に呈示するだけで、それに基いて強制執行はしない。」と述べて公正証書の作成を懇請して来たので、被告の右懇請に応じて作成されたのが本件公正証書であり、従つて本件公正証書に表示された本件二通の手形金債務は実際上被告がその支払義務を負担しているのであつて、原告は単に名義上の振出人たるにすぎず、その支払義務を負担していないから、被告は原告に対し右手形金を請求することはできない筋合のものであると述べた。

被告日東工業株式会社は答弁として、原告がその主張する本件手形二通を振り出したことは認めるが、原告が本件手形を振り出した経緯は次のとおりである。すなわち、原告はさきに丸子工業株式会社宛振り出した二通の約束手形の満期が近ずくや、被告に対し、「右二通の約束手形を期日に支払えない。原告から被告宛新手形を振り出すから、その手形を被告が埼玉銀行に裏書譲渡し、その代金で前記二通の手形を買戻して貰いたい。」と懇願した。被告はやむなくこれを承諾して本件手形を受け取り、昭和三十年六月二十四日本件手形を埼玉銀行に裏書譲渡して、前記二通の約束手形を同銀行から買戻し、これを原告に返還した。その後被告は埼玉銀行から、原告が銀行取引停止となつたから本件手形金の支払につき原告に厳談するよう勧告されたので、原告に対し本件手形を期日に支払うように要求したところ、「原告は、日本ファネス工業株式会社他一名から、原告の特許権侵害による損害賠償として、近日中少なくとも七百五十万円の支払を受ける見込であるからそれまで待つてほしい」との回答であつた。しかして本件手形は期日に不渡となつたので、被告は原告に対し「原告が右手形金を決済しないときは、被告は取引銀行その他の信用を失うこととなるから右手形金の弁済について公正証書をもつて契約して貰いたい。」と申入れ、原告はこれを承諾して昭和三十年九月十六日漸く本件公正証書が作成された次第である。よつて原告の本訴請求は失当であり、棄却さるべきであると述べた。

理由

証拠を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、原告は訴外株式会社大電社と相互に金額五十万円の約束手形を融通手形として交換的に振り出したが、同株式会社は、その後間もなく原告に対し、原告が同株式会社宛振り出した約束手形を丸子工業株式会社宛に書き替えられたいと申し出た。そこで原告は、昭和三十年三月八日同株式会社宛金額各二十五万円の約束手形二通(甲第二号証の一及び二)を振り出した。同株式会社は右約束手形二通を株式会社東京精工所あて白地裏書により譲渡し、同株式会社は同月八日及び十日の両日に右約束手形二通を株式会社埼玉銀行において割引を受けた。一方原告が株式会社大電社から振り出しを受けた約束手形は、その後原告が第三者において割引を受けたが、支払期日に不渡となつたため、手形金を償還してこれを買い戻した。そこで原告は丸子工業株式会社に対し、前記甲第二号証の一及び二の約束手形二通の返還を要求したが、当時同株式会社は無資力で、同銀行からこれを買戻して原告に返還することが不可能となつた。その頃原告も著しく経営不振となり、そのまま右手形二通の支払期日が到来すればこれを不渡にせざるを得ない状態であつたため、不渡の回避に腐心し、同銀行に対し支払期日の延期を懇請したが容れられなかつた。同銀行はこの問題について、被告会社が右手形二通の割引を受けた株式会社東京精工所の同銀行に対する手形上の一切の債務を引き受けているから、被告会社と協議して右手形二通の処理について方策を立てるべきであると示唆したので、原告と被告は右手形の不渡防止について協議した結果、次のような処理がなされた。原告は昭和三十年六月八日被告にあて、金額二十五万円及び金額三十万円なる約束手形合計二通(右約束手形二通を以下本件手形という。)を振り出し、被告はこれを同銀行において割引を受け、その代金をもつて前記甲第二号証の一及び二の約束手形を買戻してこれを原告に返還した。その際原告は、被告に対し、本件手形金合計五十五万円を同年九月十五日限り支払うことを約し、その旨の公正証書を作成した。なお、その後本件手形は不渡となり、被告は同銀行から手形貸付により資金を借り受け、もつて本件手形金を償還してその所持人となつた。

以上のとおり認められるのであつて、右認定事実によれば、本件手形は原告主張のように、被告に資金を得させる目的で振り出された融通手形と認めることはできず、むしろそれは、原告が手形振出人として終局において手形金債務を負担すべき甲第二号証の一及び二の約束手形の不渡を回避するために要する資金を得る目的をもつて振り出されたもので、被告の裏書は、実質においては、原告の本件手形債務の保証の意味でなされたものと認められる。そしてこのような場合、原告が本件手形金を償還してその所持人となつた以上、保証人が主たる債務者の債務を弁済して求償権を取得すると同様の理において、原告は振出人として被告に対する手形金債務の責を負わなければならないと解すべきである。

よつて本件執行債権の不存在ないし消滅を前提とする原告の請求は失当であるとしてこれを棄却した。

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